熱田神宮で挙式しました。

2006-12-16 17:00:00

結婚式の話を少し。去る11月11日の大安に、名古屋の熱田神宮にて結婚式をあげました。親戚・家族のみが参加した、披露宴のないごく小規模な挙式です。とはいえ、会場が会場だけに、そしてお日柄が非常に良く七五三と重なったこともあり、神宮自体は非常に賑やかな雰囲気でした。また、その日に式をあげるカップルは計21組とのことで、衣装室には、常に花嫁が十数人いるという状況でしたよ。花嫁だらけです。
 
式の一連の流れは以下のような感じです。
・準備(約1時間半)
・参拝(約30分)
・挙式(約20分)
・写真撮影(約10分)
・解散
 
周囲からは聞いていましたが、本殿への参拝では、見知らぬ人たちに写真を撮られまくりましたよ。特に外国人には人気らしく、私の友人は一緒に記念撮影までしてあげたとのこと。この日は七五三だったので、私たちに向かって手を振ってくれる子どももいて、思わず顔がほころびました。ちなみに、幼稚園の保母さんをしている私の従姉妹は、偶然教え子と会ったらしく、一緒に記念撮影をしていました。私も見知らぬ人たちの思い出にバシバシ入っておりましたよ。

Category : 名古屋の嫁入り

帰ってきました。東京へ

2006-12-13 17:00:00

実は、別海に滞在していたのはたった3日間で、今はもう東京で生活をしています。別に、離婚したわけではなく、ただ今別居結婚中なのです。もともと双方の家の諸事情により式を早めに挙げたので、こういう形態になりました。しかし、本来ならばこのまま別海に移住するのが筋ですよね。でも私も仕事は途中で放れません。やはり、結婚するにあたり考えたのが、仕事のことです。旦那とは付き合いが長いこともあり、家族になることに対しては何の心配もありませんでした。しかし、「今ここで仕事を辞めたら、後で後悔しないだろうか」ということには悩みました。そういう意味でのマリッジブルーです。
 
一生を東京で過ごしたいとは思いませんし、この先現在の旦那以上に小難しい私に付き合ってくれるパートナーが現われる可能性は限りなく低いので、嫁に行くこと自体にまったく抵抗はないのですが、正直にいうと結婚は30歳過ぎぐらいでいいと思っていました。現在27歳ですが。
 
「東京で実力をつけて、年をとったら田舎で暮らしながら、ライター稼業を続けていく」というプランは、私の理想のプランなのですが、いかんせんまだ、この目標を叶えるのには若すぎます。私のような若輩ライターが今田舎へ行ったところで、東京から仕事をひっぱれるわけはないですし、かといって地元に仕事がありそうな気配もないですし…。でもまあ、「バイタリティーをもってさえいれば、どこに行っても大丈夫!(私の師匠のより)」とのことばを胸に、お仕事が続けられるようがんばります。出るかな?バイタリティー。年とともに腰と体重が重たくなっていきますよ。

Category : 報告

行ってきました。別海町 –クマザサ篇-

2006-12-10 17:00:00

新婚旅行は、ヨーロッパをまわってきました。とはいえ「新婚旅行」という甘いひびきとは無縁な貧乏旅行をしていたので、移動はもっぱら鉄道です。そして、ベルギーからパリへの移動中にやたらと旦那が主張していたこと。それは「フランスの田舎の風景は、別海の風景に似ている」ということです。ゆるやかな起伏の丘がどこまでも連なり、大地にのびのびと牛や馬が放牧されている。ところどころに家があり、家の周囲には家庭菜園らしき畑がある。窓から見えていたこんな田舎の風景は、別海の風景にとても似ているそうなのです。
 
そして、帰国後に別海町を訪れた時、確かに似ていると思いました。しかし、まったく同じというわけではなく、何か違和感を覚えました。そして気付きます。それはクマザサが生え過ぎていることです。
確かに遠方だけを見ていれば、フランスの田舎のような風景です。しかし、手前に目をやると、至るところにクマザサが群れをなして生えており、日本を感じずにはいられません。しかも訪れた時期が晩秋でしたから、広葉樹林は落葉し、クマザサは青々とした緑色から、枯れた茶色へと変化しており、民話の世界のようでした。
 
ウィキペディアのクマザサに関する説明文には、「日本のブナ林では林床に大型のササ類が密生することが多く~」とあります。そういえば、新得町で撮影したドキュメンタリーの映像にも、クマザサがやたらと写っていました。これは日本独自の愛すべき風景なのですね。

Category : 別海町

行ってきました。別海町 –住居の窓篇-

2006-12-06 17:00:00

新婚旅行から戻った翌日は、御祝儀を頂いたお家に挨拶まわりをしていました。そこで、気付いたこと。それは、「どこのお家も窓がでかい」こと。
 
今回訪れた家々は、玄関を入って突き当たりがリビングという構造のところが多かったのですが、どの家も玄関からでもわかる程に、日光が射し込んでおりました。それはリビングだけでなく、他の部屋も同様で、壁面たっぷりに大型の窓が取り付けられてありました。それは旦那の実家も例外なく、壁には人が難無く出入りできる程の大きさの窓があり、昼間はまぶしいぐらいに太陽がさしこんでおりました。お義母さんに「日に焼けないか」と聞いたところ、「こっちは寒い地方でしょ。だから、お日さまをたくさん取り入れるために、少しでも窓を大きく確保して、気持ちからも温かくしているのよ」とのこと。
 
確かに外は寒いのですが、北国仕様の家は、半袖で過ごせてしまうほど温かく、そこに窓からお日さまが射し込んでいる光景は、眠たくなるほどのぬくもりがあります。「日に焼けないか」の返答は返ってきませんでしたが、お義母さんのすてきな返答に、再度質問をくり返すことをその時は忘れてしまいました。

Category : 北国の生活

行ってきました。別海町 -高原の空気篇-

2006-12-03 17:00:00

実は先月、挙式をしまして新婚旅行にも出かけ、その帰りの足で初めて別海町を訪れました。到着したその日は、夜中の“door to door”移動だったこともあり、特に印象に残っていないのですが、翌朝に感動は待っていました。空気がまったく違うのです。窓を開ければ、そこにあるのは高原の空気。ツンと冷たく澄んでいて、少しだけ牧草地のにおいも感じます。「本当に北海道に来たんだなー」と、なんのひねりもない感想だってもらします。
 
しかし、旦那の実家は街中なのに、なぜ牧草地のにおいがするのでしょう?そんなことを疑問に思い、お義母さんに尋ねたところ、季節によっては牧場のにおいが街の方にもやってくるとのこと。「最初は抵抗あるかも知れないけど、すぐに慣れるよー」ということで、その言葉の通り、私も翌日にはまったく気が付かなくなっていました。おそらく鼻が慣れてしまったのでしょうね。よく、自分の家のにおいはわからないっていうじゃないですか。それと同じく。
 
そして、この高原の空気に何より喜んだのは私の鼻です。私は小さい頃からアレルギー性鼻炎で、常に鼻炎スプレーを携帯しているのですが、別海町ではまったく必要ありませんでした。ここでは常に鼻呼吸ができたのです。体が如実に反応するのでしょうか、これまで住んだところのうち、長野や札幌、スイスでは鼻炎の症状はありませんでしたが、名古屋や東京では日常的に症状が出ています。普段の生活上では、まったくわからないことなのですが、やはり体は正直なのですね。しかし、できればすぐにでも完治して、東京でも常に鼻呼吸で生活をしたいのですが。

Category : 別海町

「薪ストーブのある暮らし」を実現するには

2006-11-29 17:00:00

「薪ストーブのある暮らし」を手に入れるには、一体いくらかかると思いますか?
答えは、以下の価格表をご参考のこと。

・ストーブ本体 20~70万円
・煙突 30~60万円
・設置工事費 7~20万円

これは、先日の薪ストーブイベントに出店していた「株式会社メトス」という輸入販売メーカーさんを参照としていますので、知人の話に聞く中古品なども視野に入れると、もう少し安く手に入れることもできるそうです。

とは言え、やはり決して安くはない買い物ですね。
本体価格を抑えたとしても、ストーブの命とも言える煙突はケチることはできませんので。煙突は長さなどによって価格が決まるそうで、それぞれの家の形態に合わせた販売をしているそうです。私たちが家を建てる場所は雪が降る地方なので、雪の重さで煙突が折れないよう、周りをレンガで補強する必要があります。サンタクロースが落ちてきそうな、あんな感じの煙突ですね。でも、煙突管自体はものすごくスリムなので、片足ぐらいしか突っ込めませんが。

設置工事費についてですが、通常言われている予算10~15万円は、既に工事が竣工している家に、新たに穴を開けて設置する場合の価格ですので、家の建設とともに設置工事を行なえるのならば価格は10万円以下にまで下がるそうです。

そんな事情などを加味していくと、もろもろで60万円以上になりそうですね。
しかし、一生に一度の買い物である「家」につけるオプションも、同じく一生ものの買い物。現在の60万円は非常にキツイ金額ですが、これからの生活を考えていくと、投資の価値はあるはず!です。費用の方は大丈夫、私がいつもの執筆作業に加え、web制作やマニュアル書きもすれば、蒔ストーブ代ぐらい稼げるはず!です…。式をあげる前に、また小じわを増やすことになりますが。

※株式会社メトス
蒔ストーブの輸入販売を行なう会社です。ホームページをのぞいたところ、サウナも取り扱っているようで、「フィンランド好き」な私としては、グッとひかれるものがありました。
http://metos.co.jp/kamin/stove/

Category : 計画

トリコになる「薪ストーブのある暮らし」体験

2006-11-26 17:00:00

私は、学生時代に何度か、北海道の新得町にて、ドキュメンタリー映画の撮影のお手伝いをしていました。撮影期間中は、空き家となっているお宅をお借りしてスタッフみんなで共同生活。そして、そこで初めて「薪ストーブのある暮らし」を体験したのです。以来私は、薪ストーブのトリコとなってしまいました。

もう、なんと言うか、とろけてしまう温かさなのですよね、薪ストーブの温かさは。炉の中の炎が徐々に大きくなっていくにつれ、ふわり、ふわりと、室内に温かい空気が広がっていくのです。そして、薪ストーブから広がる空気は、エアコンの熱風のように乾いてはおらず、非常にやわらかい温もりなのです。ちょっと気を抜けば、本当に「とろん」と、とろけてしまうような。

滞在先のお宅にあった薪ストーブは、居間の中央に設置されており、非常に大きなサイズでした。ですから、打ち合わせは当然、薪ストーブを囲んで行われます。火の番は一番下っぱの私の役目。私は手に軍手をはめて、薪をくべたり、ストーブの上のやかんがシューシューと音を立てたら、みなさんにお茶をそそいだりしていました。
当時のスタッフの人柄もあるのでしょうけれど、ドラマの撮影現場とは違う、非常に和やかな現場だったことを覚えています。そして思い出すのは温かい風景。
撮影自体は極寒の中で行われており、絶対に寒い思いをしていた時間の方が長いのですが、ポカポカと温かいぬくもりの思い出ばかりが浮かんできます。これも、薪ストーブ効果なのでしょうか。

Category : 北国の生活

都会でも「薪ストーブのある暮らし」

2006-11-23 17:00:00

先日、都市型スローライフ住宅などを手掛けるハウスメーカー『ビッグフット』のイベントに行ってきました。今回のイベントテーマは「薪ストーブのある暮らし」。
実は、私も旦那さんも、家に薪ストーブを設置したいと考えているのです。

イベントでは、火の起こし方や薪のくべ方、煙突のお掃除方法など、取扱いに関する丁寧な説明が行なわれ、さらに、ストーブで焼いたスルメや焼き芋、甘酒などもふるまわれました。このイベントは、お耳だけでなく、お腹の方も大満足な内容なのです。もちろん、蒔ストーブ情報もたっぷり入手することができ、「女子1人でも行って良かった~」と思いましたよ…。周りはファミリーばかりでしたが。

さて、販売員さんから聞いた情報のなかで、とても驚いたことがあります。それは、都内にも薪ストーブユーザーがたくさんいること。なんでも、代官山にあります『ビッグフット』のモデルハウス周辺でも、薪ストーブを使っているお宅はたくさんあるそうで、販売員さんは「歩く時、注意して見ていってください。結構、煙突を出しているお家がありますよ」なんて言っていました。

薪ストーブのような煙の出るものを都会で使えば、クレームの対象になるんだろうな、と思っていましたが、それは昔の話だそうです。実際に、イベントで披露された薪ストーブの煙は、ほぼ無色と言っていい程の白煙。有害な煙が出ない理由は、構造上の進化もありますが、適した燃料を使っていることも大きいそうです。燃料に、十分に乾燥した薪を使ってさえ入れば、このようなうすい白煙になるのだとか。

販売員さんによると、煙のクレームがくることなんて、1年に1件あるかないかで、そもそも冬は窓を閉めきっているので、住宅が密集する都会でも、煙が部屋の中に入ることはないそうです。煙突も高く伸びていますしね。

※ビッグフット
「スローライフ」をテーマに、ログハウスやドームハウスなどの「自然派個性住宅」を手掛けているハウスメーカーです。モデルハウスは代官山駅より徒歩数分圏内にある、非常にくつろげる空間で、入り口では大きなトーテムポールが迎えてくれます。
http://www.bigfoot.co.jp/

Category : モデルハウス見学

大竹伸朗さんと別海町

2006-11-19 17:00:00

大竹伸朗さんをご存知でしょうか?詳細は、ホームページ(※1)を見て頂くとして、端的に言いますと、日本を代表する現代美術作家さんです。そして、別海町に縁の深い。

今、東京都現代美術館では、かつてないスケールで大竹さんの大回顧展(※2)が行なわれています。そして、その中には別海コーナーもあるのです。

なんでも大竹さんは、美術大学入学後すぐに休学をして、約1年間を別海町の酪農牧場で過ごしたとか。「過ごした~」と言っても牧歌的なゆったりとした生活ではなく、住み込みでの酪農労働。トータルすると1トン以上にもなる牛の糞を1日中延々と運び続けたり、酪農家の赤ちゃんをおんぶして、朝晩と牛の搾乳をしたりと、過ごしたそうです。そんな生活のなかでも絵を描くことは忘れておらず、その当時のスケッチが今回展示されているのです。そして、別海の風景を写した写真なども。

この別海コーナーは、他の展示スペースとは少し異なる部屋の作りで、照明を抑えた、落ち着いた雰囲気の部屋の一面は、外へと繋がる窓になっています。窓には木製の日除けが施されており、隙間からほのかに日差しが差し込んでしました。そして、私が訪れた日は風が強く、部屋にはゴーゴーという風の音が聞こえていました。
別海ってこんな雰囲気の街なのでしょうか。
私はまだ見ぬ別海の風景に思いを馳せて、そんなことを思いました。
ちなみに、両端の壁には、さらに別海の雰囲気を伝えるような演出も施されています。
-----
余談ですが、回顧展のレセプションでの大竹さんのお洋服は、ご自身がデザインされた、別海町Tシャツ!表には大竹さん独自のデザイン文字で「別海」とプリントされており、裏には牛さんがプリントされてありました。カッコイイッ!!
そして、パーティーではビールや烏龍茶とともに、別海牛乳が配られており、それはとても新鮮な光景でした。なぜなら、普段ですと「別海?それはどこ?」と聞かれるのですが、ここでは当たり前のように別海という単語が話されています。
ちなみに別海町長・佐野力三氏からのお花が、坂本龍一さんら著名人からのお花とともに並べてあり、こちらもなんだか嬉しくなってしまう光景でした。実はまだ見ぬ土地なのですが、既に「別海愛」は芽吹いてきています。

※1:私が記事を書かせて頂いた本回顧展の掲載ページです。
http://www.art-inn.jp/tokushu/000042.html

※2:本回顧展「大竹伸朗 全景 1955-2006」は、2006年12月24日まで東京都現代美術館にて開催しております。詳しくはホームページをご参照ください。
http://www.mot-art-museum.jp/

Category : 別海町

街に住むか、山に住むか Part3.

2006-11-14 17:00:00

賑やかしいネオンもなく、騒音もない静かな空間。空に広がる満天の星空、家の中に灯る温かい明かり。それが田舎生活の醍醐味でもあり、そんな風景は私も好きです。

「じゃあ、なぜ“闇が恐いから、街の方に住みたい”と言うのか?」って、それは誰もいない部屋にできる「闇の空間」が恐いからです。そうです、幽霊嫌いなのです。誰かと一緒の時は、全く気にはならないのですが、夜中に1人で作業をしている時に、ふと猛烈に気になる瞬間があるのです。特に、周辺に民家やお店のない場所においては、この恐怖に襲われます。

住宅がひしめく東京・名古屋・札幌では気にならなかったことなのですが、2DKのアパートに住んでいた長野県飯田市で、暗闇の恐怖に襲われるようになりました。気にならない時は、真っ暗闇だろうと、ガンガン1人で歩いていくのですが、何かのタイミングで突然気になってしまった途端、恐怖のイマジネーションが湧きだして止まらないことがあるのですよね…。このオバケ恐怖症は小さい頃からあったのですが、テレビや音楽など、音を発生させることによって、恐怖心を回避していました。

「じゃあ、恐くなったら音を出せばいいじゃん」って、そうしたいのはやまやまですが、仕事をする時はそういうわけにもいかないのです。それは、私がお仕事の文章を書く時は、無音にするからなのですが。ちなみに、日中は闇への恐怖に襲われることはありません。

「じゃあ、夜は作業しなければいいじゃん」って、できればそうしたいのですが、一旦作業を始めると、途中でやめることができなくなるため、なかなかそうはいかないのです。

でもまあ、グタグダ言っても仕方ないので、もし再発してしまった場合は、治す方向で努力はしていくつもりです。そういうわけで、今のところは旦那さんが主張する「山」地域への家の建設が有力でしょうか。しかし、その他もろもろの条件もありますので、土地を見たり、どんな家にしたいのかを明確に固めてから、最終決断を出していかないといけませんね。まあ、当たり前のことなのですが。もとい、一度別海町に行ってみないといけませんね。実は私は、一度も別海へ行ったことがありませんので…。※ちなみに、ご両親には何度もお会いしております。

Category : 計画

<< 前へ | 1 | 2 | 3 | 4 次へ >>

footer ads here Powered by ちびログ
footer ads here