Archive for December-2006
行ってきました。別海町 -高原の空気篇-
2006-12-03 17:00:00実は先月、挙式をしまして新婚旅行にも出かけ、その帰りの足で初めて別海町を訪れました。到着したその日は、夜中の“door to door”移動だったこともあり、特に印象に残っていないのですが、翌朝に感動は待っていました。空気がまったく違うのです。窓を開ければ、そこにあるのは高原の空気。ツンと冷たく澄んでいて、少しだけ牧草地のにおいも感じます。「本当に北海道に来たんだなー」と、なんのひねりもない感想だってもらします。
しかし、旦那の実家は街中なのに、なぜ牧草地のにおいがするのでしょう?そんなことを疑問に思い、お義母さんに尋ねたところ、季節によっては牧場のにおいが街の方にもやってくるとのこと。「最初は抵抗あるかも知れないけど、すぐに慣れるよー」ということで、その言葉の通り、私も翌日にはまったく気が付かなくなっていました。おそらく鼻が慣れてしまったのでしょうね。よく、自分の家のにおいはわからないっていうじゃないですか。それと同じく。
そして、この高原の空気に何より喜んだのは私の鼻です。私は小さい頃からアレルギー性鼻炎で、常に鼻炎スプレーを携帯しているのですが、別海町ではまったく必要ありませんでした。ここでは常に鼻呼吸ができたのです。体が如実に反応するのでしょうか、これまで住んだところのうち、長野や札幌、スイスでは鼻炎の症状はありませんでしたが、名古屋や東京では日常的に症状が出ています。普段の生活上では、まったくわからないことなのですが、やはり体は正直なのですね。しかし、できればすぐにでも完治して、東京でも常に鼻呼吸で生活をしたいのですが。
Category : 別海町行ってきました。別海町 –住居の窓篇-
2006-12-06 17:00:00新婚旅行から戻った翌日は、御祝儀を頂いたお家に挨拶まわりをしていました。そこで、気付いたこと。それは、「どこのお家も窓がでかい」こと。
今回訪れた家々は、玄関を入って突き当たりがリビングという構造のところが多かったのですが、どの家も玄関からでもわかる程に、日光が射し込んでおりました。それはリビングだけでなく、他の部屋も同様で、壁面たっぷりに大型の窓が取り付けられてありました。それは旦那の実家も例外なく、壁には人が難無く出入りできる程の大きさの窓があり、昼間はまぶしいぐらいに太陽がさしこんでおりました。お義母さんに「日に焼けないか」と聞いたところ、「こっちは寒い地方でしょ。だから、お日さまをたくさん取り入れるために、少しでも窓を大きく確保して、気持ちからも温かくしているのよ」とのこと。
確かに外は寒いのですが、北国仕様の家は、半袖で過ごせてしまうほど温かく、そこに窓からお日さまが射し込んでいる光景は、眠たくなるほどのぬくもりがあります。「日に焼けないか」の返答は返ってきませんでしたが、お義母さんのすてきな返答に、再度質問をくり返すことをその時は忘れてしまいました。
Category : 北国の生活行ってきました。別海町 –クマザサ篇-
2006-12-10 17:00:00新婚旅行は、ヨーロッパをまわってきました。とはいえ「新婚旅行」という甘いひびきとは無縁な貧乏旅行をしていたので、移動はもっぱら鉄道です。そして、ベルギーからパリへの移動中にやたらと旦那が主張していたこと。それは「フランスの田舎の風景は、別海の風景に似ている」ということです。ゆるやかな起伏の丘がどこまでも連なり、大地にのびのびと牛や馬が放牧されている。ところどころに家があり、家の周囲には家庭菜園らしき畑がある。窓から見えていたこんな田舎の風景は、別海の風景にとても似ているそうなのです。
そして、帰国後に別海町を訪れた時、確かに似ていると思いました。しかし、まったく同じというわけではなく、何か違和感を覚えました。そして気付きます。それはクマザサが生え過ぎていることです。
確かに遠方だけを見ていれば、フランスの田舎のような風景です。しかし、手前に目をやると、至るところにクマザサが群れをなして生えており、日本を感じずにはいられません。しかも訪れた時期が晩秋でしたから、広葉樹林は落葉し、クマザサは青々とした緑色から、枯れた茶色へと変化しており、民話の世界のようでした。
ウィキペディアのクマザサに関する説明文には、「日本のブナ林では林床に大型のササ類が密生することが多く~」とあります。そういえば、新得町で撮影したドキュメンタリーの映像にも、クマザサがやたらと写っていました。これは日本独自の愛すべき風景なのですね。
Category : 別海町帰ってきました。東京へ
2006-12-13 17:00:00実は、別海に滞在していたのはたった3日間で、今はもう東京で生活をしています。別に、離婚したわけではなく、ただ今別居結婚中なのです。もともと双方の家の諸事情により式を早めに挙げたので、こういう形態になりました。しかし、本来ならばこのまま別海に移住するのが筋ですよね。でも私も仕事は途中で放れません。やはり、結婚するにあたり考えたのが、仕事のことです。旦那とは付き合いが長いこともあり、家族になることに対しては何の心配もありませんでした。しかし、「今ここで仕事を辞めたら、後で後悔しないだろうか」ということには悩みました。そういう意味でのマリッジブルーです。
一生を東京で過ごしたいとは思いませんし、この先現在の旦那以上に小難しい私に付き合ってくれるパートナーが現われる可能性は限りなく低いので、嫁に行くこと自体にまったく抵抗はないのですが、正直にいうと結婚は30歳過ぎぐらいでいいと思っていました。現在27歳ですが。
「東京で実力をつけて、年をとったら田舎で暮らしながら、ライター稼業を続けていく」というプランは、私の理想のプランなのですが、いかんせんまだ、この目標を叶えるのには若すぎます。私のような若輩ライターが今田舎へ行ったところで、東京から仕事をひっぱれるわけはないですし、かといって地元に仕事がありそうな気配もないですし…。でもまあ、「バイタリティーをもってさえいれば、どこに行っても大丈夫!(私の師匠のより)」とのことばを胸に、お仕事が続けられるようがんばります。出るかな?バイタリティー。年とともに腰と体重が重たくなっていきますよ。
Category : 報告熱田神宮で挙式しました。
2006-12-16 17:00:00結婚式の話を少し。去る11月11日の大安に、名古屋の熱田神宮にて結婚式をあげました。親戚・家族のみが参加した、披露宴のないごく小規模な挙式です。とはいえ、会場が会場だけに、そしてお日柄が非常に良く七五三と重なったこともあり、神宮自体は非常に賑やかな雰囲気でした。また、その日に式をあげるカップルは計21組とのことで、衣装室には、常に花嫁が十数人いるという状況でしたよ。花嫁だらけです。
式の一連の流れは以下のような感じです。
・準備(約1時間半)
・参拝(約30分)
・挙式(約20分)
・写真撮影(約10分)
・解散
周囲からは聞いていましたが、本殿への参拝では、見知らぬ人たちに写真を撮られまくりましたよ。特に外国人には人気らしく、私の友人は一緒に記念撮影までしてあげたとのこと。この日は七五三だったので、私たちに向かって手を振ってくれる子どももいて、思わず顔がほころびました。ちなみに、幼稚園の保母さんをしている私の従姉妹は、偶然教え子と会ったらしく、一緒に記念撮影をしていました。私も見知らぬ人たちの思い出にバシバシ入っておりましたよ。
Category : 名古屋の嫁入り十二単が一番人気!!
2006-12-19 17:00:00衣装のカタログには十二単も載っており、「こんなん誰が着るのだろう」と思っていたのですが、やはり需要はあるようですね。私が式を挙げた日にも十二単はいましたよ。そして彼女は大人気でした。綿帽子をつけようが、華やかな打ち掛けを着ようが、スタンダードな花嫁衣装は他の団体から気に留められることはありませんが、十二単だけはみんなの注目を一挙に集めておりましたよ。十二単を着た花嫁さんが通れば、みんなが控え室から廊下へと出て、その様子を眺めておりました。また、本殿への参拝時でも注目の的だったとのこと。
私もしっかり見に行きましたし。そして、なんだかとっても縁起が良い気持ちになりました。普段滅多に見られるものではありませんので。私も絶対に注目されないのであれば、十二単を着てみたいです。ちなみに、翌日も21組み式をあげるカップルがいるそうですが、うち1組は十二単を着る方がいるそうです。
ところで、花嫁衣装はコスプレをしている感覚になりますね。衣装もそうですが、白塗りの和化粧なんて普段はすることないですし、自分のなかで別人格が出てきそうな感じでした。
Category : 名古屋の嫁入り喜んでくれるのなら、菓子撒きしますよ
2006-12-23 17:00:00「名古屋で結婚式をする」と告げると、「屋根から餅撒くんでしょ」と、この時代なのに言われます。撒きませんよ、餅なんて。でも、私が小さい頃は、ベランダからお菓子の袋が撒かれることはありました。(通称「菓子撒き」といわれる、お祝の餅撒きがお菓子に変わっただけの風習です。)これを言うと「やっぱりね~」と、みなさん嬉しそうに納得してくださいます。おそらく「名古屋嫁入り物語」の影響でしょう。
「名古屋嫁入り物語」とは、植木等主演で、90年代に放送されていたドラマです。ストーリーは、タイトルを見てくださればわかる通り、名古屋娘が嫁に行く物語です。ただ、やっかいなのは、父親が根っからの名古屋人でとても頑固。しかし、娘は数々の苦難を乗り越えて、最後は大々的に、名古屋流のやり方で嫁いでいくのです。
このドラマは2時間枠のスペシャルドラマで、登場人物の設定は毎回変わっているのですが、最後には決まって、名古屋流の嫁入りで締めくくられるというパターンでした。その内容は、座敷に並べられた家具を近所の人にお披露目したり、それらの家具がトラック数台で運ばれていったり、ベランダから菓子撒きが行われたり、いろんなところから結婚準備金としてためていた「へそくり」が出てきたり…。と、みなさんがご想像するような名古屋の嫁入りシーンが、ドラマのなかで再現されているのです。
とはいえ、当時でもこんな嫁入りは実際には見たことはありませんでしたよ。私の実家は、市内でも随分と田舎の方なので、おそらく菓子撒きの風習が残っていたのでしょう。菓子撒きには、たいてい親戚や友人に加え、近所の人たちも参加しますので、両隣りに誰が住んでいるのかがわからなくなった今では、おそらく成立しないでしょうし。
でも、「望んでくれるのならやってもいいかな」と、自分が結婚するにあたり、結構真剣に思いました。みなさんに喜んでもらえますし、話のネタにもなりますし、それにご近所への挨拶が、それ1回で済むじゃないですか。と、旦那に言ったら「そういうところが名古屋人だよねー」としみじみと言っておりました。おそらく、サービス精神が旺盛だということでしょう。
Category : 名古屋の嫁入り結納金は倍返しで
2006-12-27 17:00:00そういえば、結納もしているのです。どういう運びでそうなったのか、本人たちはまったく覚えておりませんが、結納式は旦那のご両親主導で、札幌のホテルにておこなわれました。結納式はこじんまりとした和室で両家族だけでおこなわれ、その後は広々とした洋室で、旦那の親類一同を交えてお食事会をおこないました。まあここでは、金屏風の前に座ったこと以外は特筆すべきことはありませんので省略させてもらいます。
そして後日、東京へと戻った時の父(東京出張中)との会話にて、父のなかに改めて「名古屋人」を感じました。結納返しは、結納金の半分の金額を品物で返す「半返し」、倍の金額の品物で返す「倍返し」とあるのですが、やっぱり昔から名古屋を地元とするわが家は「倍返し」なのだそうで、嫁入り道具も家財に加え、車1台が入るそうです。しかも新車。
私は根っからの貧乏性ですし、「車は走ればそれでいいや」ぐらいに思っていますので、父が手配中の車種の価格を聞いて驚きました。もったいない!私が会社員時代に乗っていた車がありますので、それを持っていくと主張したところ、「中古なんてみっともなくて、持っていけるか!」と、反論されました。まあ、父は頑固ですし、そうしたい気持ちに逆らってまで数十万円を節約する意義があるのかといわれたら疑問ですが、もうずっと「悪いなー」「悪いなー」「申し訳ないなー」という気持ちが取れません。
ちなみに、「名古屋は、結納返しが一千万円」という説もあるそうですが、父によると「それは、婚約が破談になった場合に、相手に支払う金額だ」とのことです。結納をしても、なんら生活も心境も変わらなかったのですが、なんだかこの瞬間に一気に身が引き締まった感じがしました。もう1つ余談ですが、結納でいただいた品々は名古屋の実家の床の間にしっかり飾られていたそうです。そして、お客さまにすかさず披露していたそうで、この辺も「家具のお披露目」に通じる気質なのでしょうか。
Category : 名古屋の嫁入り1
footer ads here Powered by ちびログ
footer ads here


